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クーピーへ参加してくれた方々のメッセージ

クーピースタッフからのメッセージ。あなたの人生において魂が燃える活動はあるだろうか?このメッセージはごく普通の生活を送っていた学生や社会人がクーピーに出会って感じたことをありのままに綴っています。
あなたの心に届くでしょうか?

きっかけ | クーピー東京 | Pure Soul | NPO | 感動発信

きっかけ

突然だけど、僕は学生でクーピーの活動もして毎日を過ごしている。
両立が出来て、力が湧き出て毎日一生懸命になれるのは、クーピーの力だと思っている。
障害者の描いた絵は、学校の先生、友達、親・・身内にとどまってしまうことがほとんどだ。
展示会をやっても、発表する場所ではあるが、表彰することはない。
何でもそうだけど、”見せ方”はとても重要だと思う。
僕でさえも話し方や態度で相手に勘違いされてしまうことはよくある。

クーピーの展示会での表彰式では、作者が泣いて喜んだり、嬉しくて叫んだり、色んな表現をする。
僕は初めて見た時、正直驚いた。感動が伝わったからだ。
心にくる なんともいえない気持ちは、「今の僕」がその証明なのかも知れない。
ふとしたきっかけで展示会を見た僕は、いつのまにかクーピーの魅力に惹かれていった。

クーピーとの出会いがなければ、今の僕は存在しない。
僕が学校生活を充実して過ごせるのも、クーピーがあるからだ。
僕はクーピーに熱い思いと感謝と共に、これからもっともっと活動を広げていきたいという気持ちでいっぱいだ。

そのためにも、より多くの人にまずは知ってもらいたい。
僕自身がそうだったように、今関わりのない人であっても、”きっかけ”があれば触れることは出来る。
その”きっかけ”を僕は作りたい。

展示会をする度に多くのサポーターの方が集まり、感動を共有してくれる。
その活動を手伝うことにやりがいを覚え、自分自身が嬉しいと思う。

この伝染力は、障害者と健常者というものも超えるものだ。
実際僕は、クーピーの代表になってから、色んな経験(体験)をした。
一生懸命、本気だからこその感動がそこにはある。
心の底から思うこと、達成感、悩みやショック、そこには、数え切れないほどのことがある。

その全てに 僕は突き動かされていく。
とにかく自分が今出来ることを精一杯やりたい!
極端なことを言えば、それだけで僕は今この文章を書いているのだから。

ふと悩んだ時に、障害者の子の描いた絵に励まされる。
僕が今出来ることは、小さなことかも知れないけど、出来ることから始めなければいつまでもはじまることはない。
そう思って僕は決心した。

その思いを叶えるためには、クーピーの活動を広げていくためには、より多くの仲間、サポーターの力が必要です。

沖縄ではたくさんのサポーターがいて、展示会も開催できていますが、実際まだスタートしたばかりの東京でのメンバーはとても少ないんです。
僕は何が何でもクーピーを東京で広げていきたいと思っています。
僕らと一緒にクーピーを盛り上げてくれる仲間を必要としています。
力を合わせてクーピーを一緒に広げていきましょう!
まずは”きっかけ”を作ってみませんか?

クーピー東京

クーピーの展示会を始めて見た時、とにかく驚いた。
障害者の人が、展示会に作品が登場していることに飛び跳ねて喜んでいたし,なにより絵のメッセージがとても強い。そのメッセージは、とても優しく素直で見ていて気持ち良かった。
障害者芸術を取り扱う団体がいくつかあったのは知っていたけれど、NPOクーピーはイメージがまるで違った。障害者を本物のアーティストだと位置づけて展示会を行い、中にはプロアーティストがコラボレーションしている作品もあった。会場自体がとっても明るく活気があり自分の中で、障害者に対するイメージが180度変わってしまった。

“僕も何かがしたい!”そう思って理事長に頼み込んで、僕は東京での代表を任された。

クーピーは新しい発想のもとにある。
「障害は才能となる」
サバン症候群と呼ばれる人は、映画のレインマンのモデルになって障害でコンピューター並みの計算(例えば日にちに対応する曜日)を瞬時に行うことが出来る。
ウィリアム症候群と呼ばれる人は音楽に対して強い愛着と感動を示し、音楽的に素晴らしい才能に恵まれていることが知られ始めている。
ダウン症は、芸術に対して強い集中力と独特の美的感覚を持つ。
固定概念では説明できない世界が広がっている。実際、障害者の世界、例えば養護学校の中に飛び込んでいくと自分が抱いていたイメージとは違う世界が広がっていることを知り、とても刺激を受けるのだ。

家族の愛に恵まれてとっても楽しく生きている障害者の人も大勢いて、その愛に応えようとヒタムキな絵を描く。優しさのギブ&テイクを見るだけで、とっても感動する。芸術に対して感情と喜び、才能を強く備えている知的障害者は多く、クーピーとのコラボレーションによって、才能が磨かれていく。
しかし、両親や教育関係者が初めから障害者に対して「できないこと」に慣れ過ぎている場合も多くある。あるいは落胆を恐れて、芸術という挑戦的な分野に積極的でなかったりする。そういう場合、クーピーの理念を聞いてもらうだけで、大きな感動が生まれたりする。たまたま出会った障害者の親の方に、クーピーの話をしただけで涙を流してもらったこともある。僕の話で人に涙させることは出来ないけれど、クーピーは夢のある話なのだ。

心の底からの感動がそこにはある。僕に変化をもたらしたのもクーピーだ。

僕はこれから東京での活動を盛り上げます。
まだ東京でのメンバーは全然いなくて出来ることに限られています。
力を貸してくれる人を募集します。
興味がある人はメールください。要望があれば直接、話したい。
新しい風をクーピーから起こしたい!

Pure Soul

俺は、もともと芸術というものに格別、興味があった訳ではない。絵を描くことは大好きだったが、日本の学校の「図工」という授業では、キレイな絵」こそ素晴らしいように思われてきた気がする。つまり、自然と、「枠」にとらわれている気がするのだ。
自分の中に「純粋な気持ち」があったとしても、周りをふと見渡すと、自然に流されてしまうことの方が多い。障害者達の絵を見たときに、なによりも「枠」にとらわれていない人間の根本的な感情の表現の素晴らしさに感動した。

もしかしたら、今見ている景色さえも、本当は「色」以外にも何か自分の中で感じた「色」があるのかもしれない。障害者の絵を見て感じた。そこにはストレートに表現され、何よりも熱があるのだ。
“障害者はアーティストだ”
そこには、健常者には感じられない色がある。枠にとらわれない「世界」がある。幸せをつかもうとすること、何かに貪欲になること、時には「自分」を見失うこともあるのだろう。

「気持ち」という純粋に湧き出てくるものに対して、受け取る側の人間も自然でなければならない。これこそ、「人間と自然」そして、「自分自身の気持ち」の融合なのではないか。「感性」「そのまま」これ以上に難しいものはない気がした。俺だって、この「純粋な絵」を見て、はっ!と驚いた。ある時、いつからか、人は社会や「枠」に気がつくと入ってしまい、気づいた時にはもはや抜けることは出来なくなってしまうのではないか。健常者と障害者との違いは、病気や、体の不自由だけではない。
まず、健常者(私を含め)は、「言葉」を使って、気持ちや要求などを当たり前のように表現できる。言葉を発することは簡単だ。自分が思うように「支配」できる。
知的障害者はどうであろうか?「言葉」という武器を完全には持っていない。故に言葉以外の武器が必要になってくる。「気持ち」というものがない人間はいない。誰だって、認められたいし、認めたい。障害者の気持ちの発表の舞台の全ては「絵」なのである。
それが色に表れている。
彼らの書いた絵の色、彼らの世界感に注目して欲しい。

NPO

この運動は、NPO(非営利活動法人)である。それ自体イメージが掴みにくいかもしれないが要は団体に利潤がないという事。思うに、今の日本経済は、効率性、生産性の理論が主で動いている。全ては、利潤が“基”である。
無駄なものがない社会。客観的事実でしか、人間を評価しない。仕事が医者だの、年収が何ぼだのそんなことでしか人を評価できない。価値が低いと見られていた人物画が、“ゴッホ”が描いたという事実だけで、人の見方が変わる。本当の人間像。もっと純粋な人間像。
そこには、人間としての純粋な“熱”が詰まっていて、それを効率性のない芸術に投射することこそ人間の根本的欲求ではないのだろうか??もしかしたら、この発言をあなたは、直に受け止められないのかもしれない。それは、単に本当に“純粋”な芸術を見たことがないのかもしれない。だから、あなたに“障害者”彼らの絵を見てもらいたい。欲もなく、思ったことを感じたことを、そのまま表す作業に没頭した彼らの思いの芸術を見てもらいたい。

感動発信

友人はこの絵がよく理解できないと、言った。
俺の解釈を言ってみると、すごく感動していた。もしかしたら、この絵の素晴らしさが分かりづらい人が大勢いるのかもしれない。それは、当然ともいえる。日本人はモノを“じっくり”見る前に、値段と“ブランド”を見ようとする。
偏った日本人のものの“見方”が この絵の理解を妨げている。そんな状況の下では、彼らの才能は“隠れた”ままで 終わってしまう。この絵が解釈できる俺だからこそ、この芸術を“そんな日本人”に伝えたい。 熱を伝道したい。それが、俺をこの仕事を始めたきっかけである。単純な感動、感情がおれをここまで動かしている。

“人は感動で動くか??”

この質問に、俺の友達も“人生、ゼニやで”と言っていたがこの活動、これ自体がこの質問を肯定する何よりの証明だと思っている。実際俺は、スタートからここまで“感動”が原点で動いてきたし、おれの周りの友人にも“感動”で仕事をしてもらうことがある。

俺自身この「クーピー」の前までは人を自分の「気持ち」による熱によって感動させることは数少なかった気がする。そこまでの「熱」は自分になかった。いや、受信することがなかったからだ。きっとこの経験はこれを読んでいる皆さんも同じではないだろうか。

では、何故、今こうして俺がこのような文章を書いているのか。
その答えは、「クーピー」なのです。
俺自身が今こうして「熱」を持ってたくさんの人に発信していきたいと思う原動力こそ「熱」のある人間から生まれたものです。環境に影響されて人はみな生きています。人間は、人と人とのかかわり、社会によって生きています。つまり、色んな気持ちは伝導します。ただし、伝導するのは「本物の熱」のみ。

それに気がついた自分が今ここにいる。
そしてその自分の「熱」を多くの人にも伝導していきたい。

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